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まず、楽しみなのと同時に恐れ戦いていること
→明日(今日か)、福井の海で潜る予定。天気予報は雪。
オレは流氷ダイビングとかしたことないので、冬の日本海というだけで結構恐ろしい。
まじ寒いんだろーなー。あー、こわ。
ま、半分は楽しみだけど。好奇心で。
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そして、最近、ちょっとショックだったこと。
→買ったコートが、友人とおそろいだった。まあ、別にこの人と同じならいーか、っていう人だったので、すっげえショック!とか、もう着られねえ!とかいうことはないけれど、そりゃあ、まあ、コートは人とかぶらないほうが、いい。
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もうひとつショックだったこと。
→「I am Legend」が結構しょうもなかった。(以下、ネタバレ)
思ったんだけど、Will Smithはいい俳優だ。とてもいい俳優だ。
そして、この映画のストーリーの設定は、嫌いじゃない。癌の治療薬が、人間を理性のない凶暴な生物に変えてしまい人類は絶滅寸前。そして、そいつら感染者は紫外線に弱いので、夜のみ徘徊。空気感染するそのウイルスに免疫のある極少数の生き残った人たちは、感染者に食われないように、日没までに安全な場所に戻っていないといけない。そんな生活を続けながら、何とか治療薬を作ろうとするWill Smith。
このハチャメチャな設定。大好きだ。
ところが、この映画、前述したように、非常にしょうもない。あまりにびっくりして、軽く腰が抜けて、エンドロールまで見てしまった。
で、なにがいけないかというと、設定と話が中途半端なのだ。(AVP2の時もこんなこと言ってた気がする。)
感染者はただの身体能力のアップしたゾンビにすぎないのか?知性は本当に退化してるのか?Willが仕掛けたわなをまねてWillを捕獲しようとしたのは、かなりの知性の現れではないのか?
それに、最後の方では感染者は明らかに一個体の指導のもとに集団行動をしていた。これも知性じゃないのか?
そして、犬は果たして死ぬ必要があったのか?Willが孤独に苦み自暴自棄になるシーンが必要だったからか?だったら、なぜすぐに他の非感染者を登場させるという流れにしたのか?話を詰め込みすぎてるのか?
もしかしたら、「LOST」シリーズを2時間映画とかにしたら、この映画みたいな、各シーンの存在理由のわからないものができあがるのかもしれない、と少し思った。
そして、エンディング。果たしてWillはあのシーンで自爆する必要があったのか?もうちょっとうまいことできるだろ?そこで他の非感染者にワクチンを託して彼が死ぬことで彼自身が伝説となり、タイトルを「I am Legend」にするのに必要だったからなのか?
そして、あんなしょうもないナレーションで映画を終わらせてしまっていいのか?あんなんじゃ、コース料理の最後にプッチンプリンが出てくるようなものじゃないか。怒るぞ、普通。
せっかく興味深い設定(少なくともオレ的にはね)と、いい演技だったのに。期待せずに見た映画が面白そうな兆候をみせたから途中まですごく嬉しかったのに。ほんと腰抜けた。がっかりだ。
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新常磐橋(違う?)
私はいま広州。明日戻ります。
いや、、多分違うと思う、というかわからない。けど、多分違う。
あれです、あの、例の年末年始のホテルのすぐ南側に流れてる川のとこなんですけどね。
広州に行ってたんですね?知らんかった。みやげはいいので、みやげばなしを楽しみにしております。
年末年始のホテルのすぐ南側に流れてる川、そこが新常磐橋じゃろが!
あ、あれ?そうなの?あれ?あはは。
じゃあ、そうです、それ、新常磐橋。
よくわからんけど、毎朝見てたらうずうずしたので、ある朝シャッターを切ったまでです。