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最近感じること。
写真の、表面的な、技法に関して。
飽きるということは、とても大切なことなのだ。
小細工と呼んでも差し支えない技法が写真にはたくさんあるみたいだけれど、撮るだけ撮って、それに飽きてしまわないと、その先には進めないと思うのだ。
新しい方法で撮ってみると、最初は、今までと違う写真が撮れたことに感動する。
そしてさらに撮り続けていくと、新しいと思っていたその撮り方に慣れてくる。
ちっとも新鮮じゃなくなる。
そこで初めて、その撮り方で何ができるかを考えられるようになる。
(”撮り方”なんてのは、例えば料理における味付けでしかなくて、けっして素材ではない。
調味料しかのっていない料理は成立しないし、よい素材ほど、調味料を必要としなくなる。)
高級カメラの性能に驚いて、それに飽き、
マクロ写真に驚いて、それに飽き、
広角の世界に驚いて、それに飽き、
フィッシュアイに驚いて、それに飽き、
夕日の色に驚いて、それに飽き、
高級レンズの描写力とボケ味に驚いて、それに飽き、
わざと傾けた写真に驚いて、それに飽き、
流し撮り写真に驚いて、それに飽き、
シルエット写真に驚いて、それに飽き、
露光間ズーミング写真に驚いて、それに飽き、
シフト、ティルトレンズに驚いて、それに飽き、
infrared写真に驚いて、それに飽き、
スローシャッター写真に驚いて、それに飽き、
剃刀のような被写界深度の写真に驚いて、それに飽き、
オサレなライティングに驚き、それに飽き、、、
そうやって調味料のバリエーションが増えていって、技法的な意味での写真の引き出しが増えていくのだろうと思うのだ。
驚いて、馴れるために。
やっぱり、押しまくるしかないのだ。
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最近読んだ本に書いてあった言葉。
「才能のないものほど、哲学を考え出したがる。」
正しい観察だと思う。
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photoshop memo : 上の写真、加工の度合いとしてはかなりきつめ。
具体的には、トーンカーブできつめのS字カーブ。いわゆる超ドS。
部分的に焼きこみもしてます。
あと、チャンネルミキサーでモノトーンに。
ごめん、一言。
飽きるって言葉はなんかネガティブちゃう?
つーか役目が終わって次のためのステップみたいな?え、やっぱ長い?
わからん、私は飽きるっていう言葉がなんだか嫌い。はは。
あと、押すこともいいけど、引くことも大事だよ。
このエントリー、最初すごく(もっと)長かったんだよね。
で、短くする中で、削った文章が、
”飽きる、というのがネガティブすぎるなら、慣れる、でもいい。”
誰かに言われるかなあ、とは思っていたんだけどね。
たしかにネガティブな言葉だ。
俺が多用しそうな言葉ではあるんだけど。
>役目が終わって次のためのステップみたいな?
あとね、、うーん、俺がうまく書ききれてないんだろうなぁ。
そういうことでは、、ないんだよ。
”飽きる”なり、”慣れ”た後で、それを決して踏み台にするわけでもなく、後に残していくわけでもなく、都合良く利用するだけで放ってくというわけでもないんだ。
きちんと吸収していくというか、自分の一部にしていくというか。そういった類のプロセスなんだよ。
そういう風に言うと、”飽きる”って言葉は、まあ、そぐわない気もするんだけどね。多分、言葉の選択ミスってことなんだろう。
まじめに答えすぎかな。。
>あと、押すこともいいけど、引くことも大事だよ。
シャッターボタンは押すことしかできないよ。。。なんてね、あまのじゃくすぎるな。
なるほどね。
「テクニック」を軽蔑しながらも
「一応知ってるんやで」と誇示するために
時々使ってしまう才能のない男は
「飽きる」という言葉で解決することを今日知りました。
僕自身は、そんなんに頼らんでもいい自信がほしいなぁ。
>丁王
わかりにくい名前はやめて下さい。。。。かなり混乱するじゃないですか。
京都出身だったんですか?奈良だと思ってましたよ。モトモトカノつながりの連想ですがね。
>時々使ってしまう
使うのはかまわないと思うんですよ。問題は、使われてしまう、というか、その撮り方で”撮らされてしまう”ことで。使いこなしてるんだったら、それはいいんだと思うんですよ。というか、むしろそれは必要なことで。
自信は、、、ないと思い込んでるだけですよね?自分で。