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ガキの頃からの友人の
結婚式がらみで、
名古屋に行ってきた。
なつかしい人物達にも会って、
随分有意義な時間だったのだが、
そこで、以下、思考脱線。
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結婚とか恋愛に限ったことではないのだろうが、
人生の経路、岐路というのは、
タイミングが非常に大切なのだ。
人生における数々の岐路では、
それが分岐点である以上、
どちらかを選ばなくてはいけない。
そしてその結果、
それが最高の結果を伴っているのだろうか、と
数々の分岐の後に残った一本のレールの上を進みながら、
ふと思いをめぐらしてしまうのは
誰でもあることなのだろう。
あの時に別の選択がされていたら
存在していたかもしれない
“架空の”別の人生が
自分の現在と平行にあるような気がしてしまうのは
よくあることなのだろう。
さらに、
岐路における進行方向の決定には、
積極的な選択と、
不可抗力的な選択とがあって、
“もしこうして(なって)いたらどうなっていただろう”
というwhat if 的な思いはいっそう複雑になるのだ。
というわけで、
結婚する時期、
いわゆる結婚適齢期に
然るべき条件が整っているということは、
相性の条件の如何と同じくらい
重要なことなのだ。
つまり、
タイミング。
そして、
それを逃しているということ、
言い換えるなら、
然るべき時に、
然るべき条件が整っていないということは、
それがつまり、
縁が無かったということになるのだろう。
タイミングが合わなかったあの人生や、
タイミングが合わなかったあの人物などに
思いをめぐらせると、
それが例え無意味なことであっても、
なにか物悲しさを感じてしまう。
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結婚式がらみのパーティーで、
写真を撮っていると、
乾杯に参加できない。
例外ではなかった今日のパーティー。
物理的にも、精神的にも、
然るべき条件が整っていたのであろう、
今日の幸せそうな2人に、
遅ればせながら、
乾杯。
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