
足りないソースで
多すぎるパスタを絡めようとしても、
ソースが足りていないのだから、
それはもう、
絡めようが無い。
クリームソースの粘度が上がっていくのと共に、
パスタ全体の一体感が、
よくない意味で増していき、
さっさと食べないと、
フォークでは食べられない物体に変化してしまう。
写真を撮っている場合ではない。
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昔から、
服を着崩すのが、
非常に下手だった。
そういうバランス感覚なのだ。
これと、これ。
これに何をあわせたら、
着崩すことができるのか。
「着崩すことができる」とか言っちゃってる時点で、
もう無理があったんだけどな。
さて現在。
写真を撮り崩せない自分が
どうしたら「撮り崩すことができる」のか、
と考えている。
考えたって無駄なのに。
買ったばかりのルービックキューブの、
そろった色の6面を
バラバラにしていく最初のステップのような、
そんな恐怖感が
「撮り崩し」にはある。
ちなみに自分は、
ルービックキューブを元に戻せない。
収まりよくそろった面が
手に負えないモザイクに変わっていってしまうことへの、
不安。
元に戻せないことへの、
不安。
写真を撮り崩したら、
自分は、
それを元に戻せるのだろうか、
と考える。
日々、
買ったまま手付かずのルービックキューブが、
少しずつ、
増えていく。
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一昨日、
天気が良い日に、
弁当を持って大阪城公園に行って、
ぶらぶら歩いたり、
ごろごろしたり、
カメラのシャッターをきったり、
トランペットの音が外れていることに笑ったり、
失笑するしかないストリートパフォーマーを冷やかしたり、
ジャニーズのコンサート会場周辺で
「チケット譲ってください」と悲壮な表情の女性たちを
横目に見たりした。
こんな
行楽めいたことをするのは、
ひさしぶりだ。
本を一冊読み終えてもいなくて、
DVDを見終わってもなくて、
なにをしたわけでもない一日だったけれど、
それはそれでいいものだった。
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