
ビデオレコーダーを買う人は、
日常生活の中での撮影行動において、
作品性を意識するのだろうか?
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先日、いつものようにヨドバシに行った。
デジカメコーナーは、
「今すぐお買い上げします」と
顔に書いてある人々でごったがえしていたが、
ビデオレコーダーのコーナーには、
チラ見の人が多かった。
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デジカメのコーナーに人がたくさん、
特に一眼レフのコーナーにたくさん、
さらに結構若い人たちもたくさんいることに、
少し驚くが、まあ、これだけ値下がりしてるんだし、
それも納得。
ただ、ビデオレコーダーのほうが、
記録できる情報量が静止画に比べて多いわけだから、
みんなが、思い出の記録手段を求めているのなら、
本体とメディアの値下がりさえしていけば、
主流はムービー(=動画)に移っていくのかなあ、
と思ったりもした。
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ところで、この一眼レフを買っている人々、
コンパクトでなく、一眼レフを買うということは、
これから撮影する行動の結果としての写真に、
作品性を求めるべくして一眼レフを選択している、と思うのだが、
どうだろう。
そして、これからの主流が
デジカメからビデオレコーダーに移っていったら、
大多数の人々は、
果たしてムービー撮影において、
作品性を求める行動を取るのだろうか?
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写真を後で見て、その中に作品性を感じて、
「あ、これっていい写真だよね。」とか、
「お、これって決定的瞬間だな。」とか、
言うかなあとは思うんだけれど、
ムービーを後で見て、その中に作品性を感じて、
「あ、これっていい動画だよね。」とか、
「お、これって決定的30分だな。」とかいうことを、
被写体に対する個人的な思い入れのレベルを超えて
言ったりすることがあるのだろうか。
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単に記録するだけだったら、
ビデオレコーダーは、
音声も撮るし、被写体の変化も撮るし、
なにより、時間を撮りこめる。
ただし、その多すぎる情報量ゆえに、
それを作品としてまとめるのは、
随分難しいように思うのだ。
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もちろん、優れた映画やらなんやらを見たら明らかなように、
ムービーにおける作品性の存在というものは歴然としている。
ただ、作品性のあるムービーの撮影に必要な
条件やら環境というのは、
ちょっとビデオレコーダーを買ったからどうにかなる、
という類のものではないような気がする。
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単に記録が目的であったら、
記録情報量の多いビデオレコーダーの優位性は明らかで、
これから随分普及する、というか、もうしている。
ただ、そこに作品性を求めた撮影行動が
一般レベルでどのように関わってくるのかに関しては、
僕の中では、ナゾ。
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よし、こうなったらまずは自分で試してみるしかない。
さっそく最新型のビデオレコーダーを買って。
撮ってみるべし!
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以上、現在計画中の大型購入行動の正当化のためのエセ考察。
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