
今日は昼ごはんを食べる時間もないほどひどく忙しい一日で、そのせわしさがいざ終
わってみて晩御飯を食べてみるともう眠くて仕方ない。
そんなことはどうでもよくて、アメリカでは火葬が増えているようである。日本では
おなじみの、灰にしてつぼに入れると云うあれである。アメリカで火葬が増えてきて
いる要因としては、費用が安い(棺おけを買わずにすむ)すぐに葬式をしなくても良
いなどがあるらしいが、この話で自分の興味をひどくひいたのは、火葬自体の話では、
実は、ない。
”焼いた灰を高圧圧縮してダイヤモンドのような石にする”というくだりに妙に興味
を引かれたのである。
遺体を(組成の構造が異なるにしても)圧縮して炭素からなる石にすることによって
遺族はそれをイヤリングにしたり、ネックレスにしたりすることができる。が、この
行為への反応はおそらく様々だろうと思う。
文化的に、宗教的に、それは冒涜で、もっと日本的に言えば罰当たりだと考える人も
いるだろうし、単に気味が悪いと考える人もいるだろう。でも、たとえば最愛のひと
を失った人がそばにいたいがためにその選択肢をとっても、自分にとってはそれほど
の驚きではない。現に、骨壷を家においておく人たちだって大勢いる。
おそらくこの話が自分の興味を引いたのは、最近自分がフォトストーリーにできる題
材を探しているからだと思う。最愛の人の遺体を石にして身に着けておきたいと考え
た人がそれを業者に頼み、業者が作業を行い、そして石が依頼者の下に届くというプ
ロセスは、写真による取材をしたらずいぶん興味深い話になると思う。でも、興味深
いから取材してストーリーにして新聞に載せればいいものなのか、と云う点に思い至
ると、ちょっと考えてしまう。
幸いなことに(?)遺体を石にする会社というのは、イリノイにあるらしく、フロリ
ダからはずいぶん離れているので、その取材はたとえしたくても今日明日にはできる
ものではない。しかも、(当然といえば当然だけれど、)その依頼をする人もかなりま
れらしい。いつかの将来にひょんなきっかけから現実性を帯びる時まで、この取材の
倫理性について考える時間は、しばらく、ある。
(ところで、写真は本文とは何の関係もありません。いつものことだけれど。)
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